山梨の山野草・高山植物

山梨の源流釣りの世界

 

プロローグ

春の源流釣り

夏の源流釣り

秋の源流釣り

山梨の山岳渓流の特徴

源流釣行の装備

源流の危険

エピローグ

 

 

プロローグ


周囲365°を急峻な山々に囲まれた山梨県。海はありませんが、そこには豊かな山があります。そしてその山の隙間を縫うようにして流れるのが、海に直結する美しい清流です。豊かな森から流れ出す透き通った水は、かねてから果樹栽培に適した地形と相まって、桃や葡萄の栽培に利用されました。

それらの水は、源頭と呼ばれる最初の一滴が集まり流れ出し、やがて源流となり、渓流となり、広い川となっていくのです。それらはいずれも海に流れ込み、あらゆる生物にとって欠かすことのできないものとなっています。

そしてその源流や渓流には、あまりにも美しいイワナやヤマメ、アマゴが棲息しています。それらの魚を釣りながら山岳源流を歩いてのぼっていくことを「源流釣り」と呼びます。冬は平地よりもとかく早くやってきて、いずれの源流も雪に埋まります。そんな凍てつく厳寒の環境を生き延びる魚が「イワナ」であり、源流釣りのターゲットはこのイワナになります。

ややヤマトイワナの血が入ったニッコウイワナ。
イワナは棲息する環境に依って体色に大きな差がある。
(以下画像:全てOMOTE TO URA)

アマゴ
アマゴやヤマメはイワナよりもやや標高の低い所に棲息する。
渓流釣りのターゲット。

ヤマトイワナ

中でも「ヤマトイワナ」は日本で最も標高が高い所に棲む魚で、日本でも限られた水系にしか棲息していない魚です。純血種、つまり”遺伝的汚染のないイワナ”は、本当に本当に希少で、都道府県によっては絶滅危惧種に指定されています。

源流釣りにおける登山との決定的な違いは「登山道の有無」であり、この源流釣りという遊びでは、当然登山道が存在しません。故に地図を正しく読み取る能力や、沢を遡行していく能力、その他様々な知識が必要となります。

 

 

春の源流釣り


日本における源流・渓流において、釣りができる期間は決まっています。その多くが3月1日~9月31日です。これは渓魚たちの産卵を促すことに加え、乱獲を防ぐこと、また源流釣り師が冬季の山岳で遭難しないように設置された期間です。即ち、源流釣りのスタートは3月からです。

3月とはいっても、標高1,000~2,000Mを超える山岳においては、まだまだ冬です。あらゆる植物はこれから芽吹くために、シンと息を潜めています。地域によっては真夏においても残雪があるくらいです。水は五秒手をつけるのがやっとの冷たさで、生き物の気配がまったくない源流ですが、イワナは本当に厳しい冬を越して、新たな獲物を求めています。

3月の源流はまだ冬。
雪が残っていることがほとんど。

4月になると、徐々に気温があがってきて、植物が芽を吹き始めます。4月中盤、水温が少し上昇することにより、イワナの活動はより活発になり、”食い気”が増してきます。4月後半から5月のGW前にかけては、ありとあらゆる山菜が生え始め、源流釣りと山菜採りを併せて楽しめる季節となります。

タラの芽は多くの人に知られたところですが、山ウドやウルイ、コシアブラなどもほろ苦さと甘みのバランスに優れた絶品の山菜です。

山ウド

しかし、暖かくなってくるにつれて、熊も冬眠から目覚め、様々な危険動物が姿を現し始めます。その為、対策が欠かせません。

とんでもない大きさのヤマビル

 

 

夏の源流釣り


夏の源流釣りは、シーズンの最盛期となります。標高の高い源流でも、様々な草木が生い茂り、人の背を優に越していきます。低体温症や凍死などの危険は減りますが、一方で竿を川に出しづらくなり、川幅の狭い源流域では意外にも「釣りづらい」のがこの季節の特徴です。

また、真夏とは言え、源流域は気温が下がります。温かい食べ物は体温をあげるのにも役立ち、欠かせないものの一つです。

源流パスタ

そして気温の上昇に伴い、魚たちは浅瀬へ移動し、餌に獰猛に食いつきます。いわゆる「アタリ」も取りやすくなり、ガツンと竿を引く楽しみに溢れています。加えて、イワナのサイズもアップし、春よりも体高が出てきます。

運が良ければ「尺イワナ」(=体長30㎝を超えたイワナ)に出会うことができます。釣り人にとって「尺イワナ」はやはり別格の存在で、源流域のイワナは体長30㎝を超えるのに5年、6年かかるとされているからです。

尺イワナ

加えて、この季節の釣りは、釣りのみではなく、様々な山野草が咲く季節でもあります。平地では生育できないような高山系の植物がその存在を誇っています。

シャクナゲ

ヤマオダマキ

 

 

秋の源流釣り


秋の源流釣りは先述したように9月末までとなっています。平地では9月末といえばまだまだ暑い時期ですが、源流部においては駆け足で秋がやってきます。朝夕の気温は一桁台に下がり、イワナやアマゴは産卵の為の「婚姻色」が強くなります。婚姻色が強く出た渓魚たちは、春のサビ、夏の力強さにも負けない鮮烈な美しさを持っています。

婚姻色の強いアマゴ

また、平地よりも遥かに気温が低いため、早めに紅葉を楽しむことができるのがこの季節の素晴らしいポイントです。

秋の紅葉

そして、イワナの顔がシーズンで最も険しくなるのもこの時期で、あまりに厳しすぎる冬に備えて獰猛に餌を食べるようになります。

 

 

山梨の山岳渓流の特徴


山梨県の山岳渓流・源流の特徴は、大まかに言いますと「入退渓がしやすい」とされます。これは、かつて山で暮らしていた人々が、生活の為に利用していた道に、現在の林道が通っているからです。

しかし、これは裏を返せば都内からも沢山の人が押し寄せ、魚影は決して濃くないということです。週末ともなれば、県内の渓流ポイントには人が大挙して押し寄せ、GWにはほとんどの天然渓流魚が釣り荒らされています。山梨県は長野県・富山県と並び、国内有数の山岳県ですから、それだけに人が多いのです。川によっては渓流魚よりも人の方が多いこともあります。

一方で、簡単に人が立ち寄れない深山幽谷が存在するのもまた事実で、そこには人間の手が入っていない自然のままの、極めてナチュラルな生態系が残存しています。また、以下のようなルートを辿り、源流を遡り源頭に達することもあります。(基本的に河川名は差し控えます)

上図の釣行の場合、高低差は約500m、総距離は凡そ15~20㎞ほどになります。しかしこの20㎞は平地での20㎞と全く違いますから、それなりの準備と計画、装備が求められます。場合によっては野営(タープ・テント泊)を必要とする場合もあり、知識といざとなった時の緊急対処法が必要となる場合もあります。

 

 

源流釣行の装備


【足元】

渓流釣りではウェーダーを履くのが一般的ですが、場合によっては登山以上に動く「源流釣り」においてはウェーダーを活用しません。

左:DAIWA ウェーダー(引用:DAIWA
右:LITTLE PRESENTS, mont-bell
(引用:LITTLE PRESENTS, mont-bell

利用するのはウェーディングシューズネオプレンソックスゲーターの三種の神器で、濡れることを前提にした足回りで釣行をします。参考になるのは、渓流釣りのカタログではなく沢登りのギアです。行く場所にもよりますが、シューズの底はゴムタイプのものではなく、フェルトタイプを選択することを勧めます。一方で、冬季の源流釣りでは、身体を濡らしてしまうと、とても釣りになりませんので、膝まであるような防水ソックスを利用します。

バッグパックの中に入れるものは、主に

・防寒着
・レインコート

・ヘッドライト
・クッカー / OD缶
・マット
・ソックス
・チェーンスパイク
・着替え
・(登山靴)
・(トレッキングポール)

となります。特に「ヘッドライト」「着替え」「レインコート」は必要不可欠です。源流泊をする場合は、これらに「タープ・シュラフ・飯盒」などが追加されます。

また、アプローチポイント、つまり入渓地点までは登山のような衣服でアプローチすることもあり、あらゆる天候に順応した事前準備が欠かせません。

「源流」には危険が付き物です。行く源流によっては深い藪漕ぎ(※1)を必要とし、ルートファインディング(※2)の技術が求められます。場合によってはロープでの登下降を行うため、それらに耐えられうる体力と技術の双方が要求されます。また、携帯電話の電波は当然ながら届かず、ヘリコプターの救助を呼ぶことも不可能となります。事前に地図で入念に下調べを行い、実際の釣行中もチェックを欠かさないようにすることが大切です。

※1 藪漕ぎ
笹や低木などが密生する藪を手でかきわけながら進むこと。

※2 ルートファインディング
登山道がない所で、最も安全に通過できるルートを識別する能力。源流釣りにおいてはほぼ100%登山道が存在しない。

 

 

源流の危険


「源流」はつまるところ、熊や鹿、その他数多くの危険生物の住処です。故に、我々が生活する社会とは比較できない危険が沢山あります。

 

⑴低体温症

まず注意しなければならないのは低体温症です。3月4月はまだまだ気温がマイナスになることがあります。その為、川の水に濡れることが前提の源流釣りでは陥りやすい事態です。低体温症になると、その場から動けなくなり、最悪は「凍死」という結果を招くことになります。平地が暖かくなってきたからといって、源流の寒さを侮らないようにしましょう。

⑵毒草に注意

山菜が出始めた頃、毎年のように相次いで報告されるのが「毒草」による食中毒です。特に「ウルイとコバイケイソウ」「セリとドクゼリ」「タラの芽とウルシ」「二リンソウとトリカブトとシドケ」の取り違えには要注意です。本屋に行けば数百円で山菜ガイドなどが販売されているので参考にしましょう。

⑶遭難

毎年、新聞に掲載される「渓流釣りの○○歳男性、遺体で発見」というニュース。あまりにも多すぎて、驚きます。主な死因は「岩稜帯からの滑落」や「谷への落下」、「低体温症及びシャリバテ(※3)で行動不能となり凍死」というパターンです。海水と違い、源流の水は流れが速く、浮力もありません。加えて、源流部の河川は高低差が大きい岩場があるため、場合によっては直登を避け高巻きを求められます。

※3 シャリバテ
ハードな行動に必要なカロリー摂取ができず、行動不能となること。

⑷危険生物の住処

山岳源流において最も注意しなければならないのが「ツキノワグマ」です。私の知り合いには「とある山岳で頭上から枝が降ってきたので驚いて立ち止まったら、二匹のツキノワグマが落ちてきて襲われた」方がいます。熊対策には《クマよけ鈴》《クマスプレー》を持参することをお勧めいたします。また人間の話し声も効果的です。万が一出会ってしまった時の緊急的対処法もチェックしておいた方が無難です。

その他、マムシやヤマカガシなどの毒蛇にも注意が必要です。また、二ホンシカに付着するマダニは「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」という感染症を媒介します。肌の露出を避け、安易に野生動物に触らないようにしましょう。

⑸晩秋のオオスズメバチ

クマや毒蛇と並んで、最も注意しなければならない生物がオオスズメバチです。平地のキイロスズメバチよりも遥かに大きく、まるでビッグサイズの弾丸のような見た目をしています。アナフィラキシーショックを引き起こすことも考えられますので、しっかり対策を行うべきです。

 

 

エピローグ


常に危険と隣り合わせの源流釣り。いかがだったでしょうか。

何度も書いておりますように、この遊びには、危険が付き物です。しかし、時に息をのむような美しい景色と渓流魚に出会うことができます。登山と比較すれば、この遊びはあまり知られていないが故に、想像を優に超える自然の歓びに溢れています。人間が創り出したものではないのに、人工的なものよりも遥かに美しく、その摂理の不思議さに心奪われることも多いのです。

また「釣り」という名前がついている一方で、この遊びはどちらかと言えば、登山道を通らない登山、つまりはフリークライミング的な要素が強く、その行動の多くを自分の手足で決定づけ、補わなければなりません。故に「釣り」という一つのホビー的なものから最も程遠いのです。この一種の不自由さは、人間がニンゲンという生物として存在していることのリアリティを生み、ある意味では「自由さ」を象徴しています。でも、だからこそ、面白いのです。僕は一生この遊びをやめることができません。

 


OMOTE TO URAでは月に一度、山梨百名山に関するコンテンツを配信しております。興味のある方は、是非お読みください。
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