毎週のようにApple Musicでニューリリースをチェックするようになり、気に入った曲はダウンロードして聴くようになった。それさえしておけば、基本的にはどこでも[MY FAVORITE]な曲を聴くことができるからだ。
言ってしまえば、全てがサブスクリプション配信の中で完結してしまう。サブスクはそれほどまでに音楽消費の様を大きく変えた。
一方で音楽好きと呼ばれる人たちの中には「アルバム」を一つの作品として捉え、そのアルバムの文脈上での議論が重ねられている。今日はそんな「アルバム」について、少し考えてみたい。
①サブスクが変えた”アルバム”
②盤としての”アルバム”
③是非アルバムとして聴いてみて
①サブスクが変えた”アルバム”
冒頭に少し書いたように、サブスクリプション配信は既存の「アルバム」が担ってきた役割を大きく変えた。というのも、サブスクサービスにおいては、好きな曲を好きな時に聴けるという選択がなされるような設計がなされているからだ。あるいはメガヒット曲を単体で聴く、というのも可能だ。
世間で大ヒットした曲を聴こうと思っても、サブスク以前はCDを購入するかレンタルしてきてダヴィングするか、といった方法しかなかった。たった一曲のために3,000円近いお金を支払う人はそんなに多くない。
私が利用するApple Music(上図参照)では当然のように世界各国の「ヒット曲プレイリスト」が存在するし、この「ヒット曲」さえ知っていれば、2020現在のトレンドは抑えられていると言ってもいい。
「アルバムとして聴く人が少なくなった」というのは、様々な音楽系メディアでも言われていることだけれど、その傾向に拍車をかけたのは合理性に矛盾のないサブスクが一因だとも言える。(良い悪いではなく傾向として)
②盤としての”アルバム”
一方でアルバムは以前より「盤」と呼ばれてきた。「限定盤」「名盤」などと言われ、恐らくはLPの名残がこの言い方に繋がっているのだろうと推測する。
しかしCDなどの物理的媒体とサブスクの差を考えた時、やはり合理性、利便性という面ではサブスクに分配が挙がる。そして安価であることは、日常生活を送るうえでメリットしかない。
だが、有難いことにサブスクでは当然アルバムが流通している。だからこそ、お気に入りの曲を見つけたら、その曲が収録されているアルバムをアルバムごと聴いてみてほしい。
この「アルバムごと聴く」ということは、よく高尚さを盾にするメディアが言いがちな事ではあるけれど、実際に一曲のみを聴くよりも、アルバムとして聴くことは大きな発見がある。
例えば、ヴァン・ヘイレンの1984※M1~Jump※M2への流れ、ジューダスのThe Hellion※M1~Electric Eye※M2への流れ、あるいはエンペラーのAl Svartr※M1~Ye Entrancemperium※M2への流れ…。
これはまさにアルバムとして聴くことではじめて、その繋がりの美しさや世界観、様式美を理解できる。
Tame Impala / The Slow Rush
最近目覚ましい躍進を続け、素晴らしい新譜を我々に届けてくれたテーム・インパラの「The Slow Rush」だって、Instant Destiny※M2~Borderline※M3の繋がりがあったほうが、楽しい。
音楽にはアルバムを聴く人にしか分からない「間(ま)」の格好良さや、全体に通底する空気感といったものがある。そしてその作り手の「妙」に触れることが、とにかく面白いし心を突き動かされる。
③是非アルバムとして聴いてみて
もちろん本文は一曲ごとに聴く人を否定するものではない。まずは一曲を聴くことが、アルバムを聴くことにも繋がるし、私もプレイリストがあると大変に助かる。
しかし、気になる曲は是非アルバムで聴いてみてほしい。そういう面白い聴き方もあるし、逆に曲単体としてはとても良いのにアルバムとして聴いてみると意外と残念パターンもある。
この発見や驚きは誰かと共有するべきものではなく、ただただその人の心の熱狂に繋がっていくはずだ。
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