松本孝弘
華
2002
言葉はいつも役に立たない
ご存知B’zのギタリスト松本孝弘がソロとして活動をスタートしたのは、B’zとしてデビューする以前の88年1st「Thousand Wave」からでした。一聴していただければ瞬間的に理解できるかと思われますが「Thousand Wave」で聴かせたのは、欧米の70年代HR/HMを踏襲した明確かつメタリーなロックでした。しかしその一方では、大胆で豪傑なリフの中、テクニカルな音の応酬の中にも、松本個人の趣向と思われるアルペジオによるオリエンタリズムを感じさせ、メロディそのものの中にも「The Tak’s beauty style=様式美」の萌芽を配置していました。
もっとも、この時点ではインギー、ブラックモアら速弾き勢と、Gary Moore、Michael Schenkerら泣き勢双方の影響があったと考えられます(どちらかと言えばメロディアスタイプの人ではあるが)。勿論、B’zとして活動を続けていく中でEddie Van HalenやJoe Perryなどといったギタリストの存在も強く見え隠れするようになりました。
しかし、そういったギタリストの影響を飛び越え、「ギタリスト松本孝弘」として確立してしまったのが本作「華」であり、そのあまりに美しいメロディは、まさに言葉を一切必要とせず、日本人ギタリストとしては究極の理想形に至ったと個人的には考えます。
The Japanese Guitarist
異国の地スペインで生まれたギターという楽器ですが、松本が日本人として弾くギターは誰よりも歌います。誤解を恐れずに言うなれば、B’zのギタリストとしてではなく、Japanese Guitarist松本としての作品であるように思います。
日本の美しい四季を想像させる豊かなサウンド。目を閉じれば、言葉はいらずとも、松本のギターが詞を紡ぎ、脳裡に様々な情景を描いていきます。雪が降り、葉が枯れ、しかし春が来て、萌える緑に包まれていく山々。或いは、日常にある繁華街、車通りの多い夜の交差点、そういった「どうでもいい景色」あるいは「当たり前にある景色」が特別なもの、愛おしいものへと変化していくのです。
僕はこの一種の魔法のようなものを、言葉で説明する術を持っていません。これは僕が日本人だからなのか、ただ単純に良いメロディだからなのか、その答えは永遠に分かりません。しかし、世界中のギタリストが奏でてきたどんな音楽よりも妙に懐かしく、心を掴まれます。
これは、世界中の誰にも弾くことができないTak’s Toneであり、このギタリストの真髄とロマンティシズムを極限に凝縮したかのようです。
サウンドとしては中心となる松本のGに対し、意外にもポップなテイストや打ち込みも使用されています。ですがAORのテンションとも異なり、ヒーリング・ミュージック的なアプローチというわけでもない”特殊性”を感じざるを得ません。最早B’zがB’zというジャンルを確立してしまったのと同じように、このサウンドは「松本」以外の何物でもありません。
また一方では日本的な感性を研ぎ澄ませ、洗練された楽曲を構築していく中にもJimi HendrixのカヴァーM7「Littli Wing」や、強烈なオリエンタリズムを感じさせるM4「街」、ブルージーに咽び泣くM5「御堂筋BLUE」を筆頭に、バラエティに富む仕上がりになっています。根幹にあるのは、その手指に染み付いたブルーズの感覚でしょうか。加えて「音楽家」として、メロディそのものが優れているということも追記しないわけにはいきません。
いずれにしても、本作「華」は松本孝弘がギタリストとして達した一つの鮮明な到達点であり、これ以上でもこれ以下でもない本当に素晴らしいアルバムです。