橋本絵莉子
日記を燃やして
2021
意外にもセンセーショナル
2000年に結成されたチャットモンチーを”完結”させ、ソロとしてファーストアルバム「日記を燃やして」をリリースした橋本絵莉子。個人的にはチャットモンチーの熱心なリスナーではありませんでしたし、一体どのアルバムが名盤・傑作なのかも分かりません。しかし2021年にリリースされた本作は、とても素晴らしかったです。
過去を、過去しか書くことのできない「日記」を燃やすという、中々にセンセーショナルなタイトルではありますが、そんな中、橋本が紡いだのは、発明的な何かや真新しさとは正反対のところにある、日常の静かな悲哀と熱狂でした。全てが過剰、全てが過多の現代において、このことは或る意味でカウンターのようにすら思えます。謂わば核心だけが存在して、その周りを覆う何かしらの肉が削ぎ落された音楽でした。
また、世界中の音楽が「どう新しいものを生み出し、表現するか」という一つのフォーマットを目指す中、なぜ音楽を奏でるのか、なぜ音楽を創作するのか、というピュアな出発点から生み出されたシンプルなアルバムでもありました。
改札を抜けたら気付く綺麗な染井吉野
サウンドとしては特段真新しいことはありませんが、村田シゲのベースが引っ張っていくバンド・アンサンブルの中を真っすぐ突き抜けていく、儚く優しい、しかし力強い橋本の声。これが強烈なアイデンティティとして存在していることで担保される橋本というシンガー。
無骨感を丸出しにしたM2「かえれない」をはじめとして、鮮やかでリアリティのある音像が、輪郭をはっきりさせたまま聞こえてきます。
一方で、紡がれる歌詞は、極めて日常に接近しており、もの凄く普通のことを静かに書いています。しかし、その「普通」は、普通に生活していれば、ほとんど気付かないような小さな物事です。顕微鏡で日常を観察しているかの如く、小さな小さな日常を眺め、分解して、紡がれる一遍の物語でした。
最も印象的であったのは、本作のリードであり、ソリッドなギターが印象に残るM9「今日がインフィニティ」。
「歌詞が書けそうよこんな夜は」からはじまり、「解散はできないようにもうバンドは組まない」と歌われます。そして「改札を抜けたら気付く綺麗な染井吉野」と歌われるその刹那、目の前に突然爽やかな風が吹きつけ、視界が晴れる暖かな春の陽を思います。
まるで葡萄の表面についた水滴を眺めているような、そんな素晴らしいアルバムが本作でした。