MUSIC

ロックって一体なんなのさ。

 

「ロック」という概念の歴史はジャズやブルースとは比にならないほど短い。今日はロックの歴史を紹介するのではなく(とっかかりだけは紹介)、手垢にまみれた「ロック」というものの概念をひたすらに考えてみたい。

 

 

①ロックの意味

②ピンク・フロイドはロックか?

③ロックはただのジャンル

④定義づけすることは愚か

 

 

①ロックの意味


さて、この「ロック」という言葉はROCKと書くが、一体誰がネーミングしたのだろう?それはアメリカのとあるラジオ番組のDJ、アラン・フリードだった。ロックはいわゆる「Rock ‘n’ Roll」の[Rock]を取った言葉であるが、その音楽的特徴はR&B、ブルース、ゴスペルなどの黒人音楽を基に、カントリーやブルーグラスなどの白人音楽を融合させて誕生したものだと言われている。

アメリカからイギリスがロックの先進的役割を担う中、パンク・ムーヴメントなどを基にしてロックのイメージ、核は「反体制・反権力」へと変化していった。音楽的にはエレキトリックギターを使用し、大音量でバンド体制での演奏を指す。ロックフリークを含めない一般に「ロック」というものは、ガシャガシャした音のイメージがある。

『ロックの核心は反体制・反権力だ。成功した俺にもうロックは歌えない』と言って、自ら命を絶ったのはニルヴァーナのカート・コバーンだった。

カート・コバーン(出典:https://rollingstonejapan.com/より)

『お前らは俺を逮捕することができない。なぜかって?俺はロックスターだからな』と語ったのはセックスピストルズのシド・ヴィシャスである。

シド・ヴィシャス(左・出典: (C) 2016 Chip Baker Filmsより)

そして『ロックは死んだ』とビートルズのジョン・レノン、ピストルズのジョニー・ロットンが語り、その他にもたくさんのロックミュージシャンが同様の発言をしている。一体、何回死ぬねん、というツッコミは無しにして、なんとなく「ロック」というものの規定的概念、”既存”の概念が分かっただろう。

 

 

②ピンク・フロイドはロックか?


世界中のロックバンド─────、ツェッペリンやクイーン、エアロスミス、メタリカといったバンドは確かに荒々しく、一般的なロックのイメージに最も合致する。しかしそんな中で、一般的なロックのイメージに近しくないバンドにピンク・フロイドがいる。もしくはUKの比較的新しいバンド、レディオヘッド(ごく初期を除いて)やコールドプレイなども、一般的なロックのイメージからは程遠い。

レディオヘッドに至ってはドラムを使用していない楽曲も、ギターを使用していない楽曲もある。

普段ロックを聴かない人にとって、上記:ピンク・フロイドのサウンドが「ロック」であるとは思わないだろう。しかしロックが好きな人にとって、彼らは紛れもない「ロックバンド」であり、Wikipedia:ピンク・フロイドにもしっかりと「ロックバンド」と記されている。

つまり、「ロック」という概念は、結局のところ「受け取る側 / 聴く側の立場・意識」の問題であり、「反体制・反権力ではないからロックではない」ということにはならない。ピストルズは確かに政治的文脈をその音楽・ファッションにも取り込んでいたが、多くの人が讃えるツェッペリンはそういった意志表示はほとんどしてきていない。

カートの言うように「売れることは悪」という考え方に即し、日本のアーティスト・忌野清志郎は「売れるものはロックじゃない」と語った。しかし上記フロイドも、ツェッペリンもビートルズも2億枚以上を売り上げている。

 

 

③ロックはただのジャンル


そして「ロック」というものは、ただの音楽ジャンルにすぎない。ブルース、ジャズ、テクノ、そういったジャンルの一つにすぎないし、「誰某などロックではない!」という議論は、はっきり言って無意味なのだ。聴く人が「これがロックだ」と思えばその音楽はロックになる。

ロックは高尚なものでもないし、どこかの音楽言論人・評論人が言うように難解な意味を汲み取る必要はない。確かにカート・コバーンやシド・ヴィシャスの発言はカッコいい。だが、今の「体制」そのものは昔の政権が劣悪だった時代とは比較にならないほど変わっているし、必ずしもロックバンドやロックミュージシャンがそうである必要はない。必ずしもタバコとドラッグ、セックスをシンボルにする必要もない。

言ってしまえば、誰かの作った「音」を純粋に聴く・楽しむだけでいい。

 

 

④定義づけすることは愚か


特に日本においては「誰某などロックではない、歌謡曲だ!」というものや、「あんなものはロックではない、ポップスだ」という、半ば「まるでロックばかりが上位文化である」というような劣悪な思想がみられる。しかし③にも書いたように、その行為こそがロックを殺し、誰かに「ロックは死んだ」と発言させてしまう。

本当のロックとは泥臭く、その幅も大変に広く、一般大衆的に売り出されてきたものだ。商業的である、ということはロックの否定には繋がらないし、「民主主義的イデオロギーを信奉しているレベルではロックとは呼べない」なんて、とある評論家の台詞はまったくもって信用ならない。

 

 


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