全5回に渡りお届けする「ロックの歴史」。今回は第三篇となる「70’s~御三家とパンク・ニューウェーブ」までをお届けする。
第一篇「50’s~ビートルズ」はこちら。
第二篇「60’s~HRの確立とプログレ」はこちら。
①新・御三家の登場
②HRにおけるギター技術の上昇
③メタルの出現
④パンクの確立
①新・御三家の登場
1960年代末から70年代にかけ、レッド・ツェッペリンが商業的成功を勝ち取った。レッド・ツェッペリンをはじめとし、ディープパープル、ブラックサバスが活躍し、HRは既に上位文化へ昇華されようとしていた。
そして70年代中盤には、ディープ・パープルを率いたリッチー・ブラックモアがレインボーを結成する。
そんな中、彼ら三組にとって代わるバンドが続々デビューを果たす。
1970年にはエアロスミスとクイーンが、1973年にはキッスが、それぞれデビューした。
エアロスミスはブルースをルーツに抱え、先の時代を引っ張ってきたローリングストーンズやツェッペリンなどからも濃い影響を受けていた。また、ジェームスブラウンなどのファンクからも大きく影響を受け、そのサウンドは猥雑なグルーヴ感とも言い換えることが出来るものだった。その後アルバム「ROCKS」で、衝撃的な新しいハードロックの形を作った。
エアロスミス(出典:https://www.oricon.co.jp/より)
クイーンはデビュー当時、音楽系メディアからは酷評されていたものの、ギターを重ねるオーケストラ的奏法でもって、イギリスからUS、日本まで浸透し、商業的成功をつかみ取った。このプロセスは映画・ボヘミアンラプソディ―を観れば、分かりやすい。
クイーン(出典:https://kakereco.com/より)
そしてキッスは強烈なコープスペイントで、HRを体現した。奇抜な衣装とメイクのせいで色物バンドとされる見方もあったが、確かなHR/HMサウンドとその技術は大きく評価されていくようになった。
キッス(出典:https://www.graspop.be/より)
またその一方でカントリーロックを軸にしたイーグルスのホテル・カリフォルニアが大ヒット。商業主義的なロックの本質を皮肉り、意味深長な音を奏でた。HRが上位的な文化に昇華され、一般消費者に広く知れ渡ったことで、ロックの概念である反抗的姿勢が消えて行く。そのことをよしとしない一部のロッカー達は、後にパンクを時代背景と重ねて生み出していく。
②HRにおけるギター技術の上昇
ツェッペリン、エアロスミス、クイーンがバンドとして活躍していく中で、70年代中盤には個人のギタリストにも焦点の当たる時代が来る。その時代のギターヒーローがUFOを率いたマイケル・シェンカーである。
マイケルシェンカーは実兄のルドルフが率いるスコーピオンズに加入したことで、最初の注目を浴び、速弾きとアドリブの腕前を世間に見せつけると同時に、抒情的で「泣き」と呼ばれるギタースタイルを確立していく。
マイケル・シェンカー(出典:http://hendrixpage1215.blog.jp/より)
マイケルは後にMSG(マイケル・シェンカー・グループ)を結成し、邦題:神をリリース。ドラマーにコージー・パウエルを起用し、商業的、音楽的な成功をその手中に収めていく。
一方でロリー・ギャラガーもまたそのスタイルを牽引していった。
また同時期にオーストラリアからHRを体現するバンド、AC/DCが活躍する。アンガス・ヤング、マルコム・ヤング兄弟を中心に結成され、オーストラリアを代表する巨大なロックバンドとして名を馳せた。HRにはめずらしいスロウな曲調とロックンロールに忠実な音楽性は高く評価された。
AC/DC(出典:https://www.newyorker.com/より)
③メタルの出現
1969年には現在のメタル界に欠かすことの出来ないバンド、ジューダス・プリーストがデビューを果たす。1973年にはヴォーカルとしてロブ・ハルフォードが加入。その翌年にはギタリストのグレン・ディプトンが加入。79年になると5枚目のアルバムとなる「Killing Machine(=邦題:殺人機械)」を発表。
重厚でソリッドなサウンドは、メタルを確立していくこととなった。
ジューダス・プリースト(出典:https://lrnc.cc/より)
また1975年にはアイアン・メイデンがデビュー。アイアン・メイデンの活躍と、ジューダス・プリーストのHMへの音楽性の変更は、1980年代のヘヴィメタルの潮流NWOBHM(=New Wave Of British Heavy Metal)へと続き、モトリー・クルーやスレイヤーなどといった、メタルを担う存在のデビューへと続く。
アルバム・アイアンメイデン(出典:http://www.neowing.co.jp/より)
加えて72年に結成され、78年にデビューを果たしたバンドがヴァン・ヘイレンである。ヴァン・ヘイレンはモトリー・クルーやスレイヤーなどと共に80年代のメタルの隆盛に大きく関わっていくこととなる。
④パンクの確立
パンクの確立
イギリス・ロンドンではデヴィッド・ボウイやT.REXなどのグラムロックが生み出されたことは第二篇で既に記した通りだ。そんな中、再びロックに攻撃性や反社会性を付与しようとする動きの中で生まれたのがパンクロックである。
この動きは70年代のアメリカ・NYのニューヨーク・ドールズからはじまったとされるが、ザ・クラッシュやラモーンズ、ダムドなどがその流れを率いた。また、これを決定的にしたのがセックス・ピストルズである。
セックスピストルズ(出典:https://www.udiscovermusic.jp/より)
ピストルズをはじめとするパンクバンドは身体や衣服に安全ピンを付け、不良性を前面に押し出すことで右派からの攻撃対象になり得たとされる。
ポスト・パンクへと
パンクが登場した後、その流れを引き継ぐようにして興ったのがポスト・パンクである。ポスト・パンクはレゲエ音楽の第一人者、ボブマーリーやファンクなどからも強い影響を受けていた。また実験的な要素が強いジョイ・ディヴィジョン、彼らから派生したニューオーダーなどが挙げられる。
ジョイディヴィジョン(出典:https://renote.jp/より)
また現在のサマーソニック等の日本国内のフェスにおいても強い影響力をもつアークティック・モンキーズ、ザ・キュアー、ザ・スミスなどもポストパンクを率いた存在である。
ニューウェーヴの躍進
パンク、ポスト・パンクからの影響を受け、パンク色の強い音楽は後にニューウェーヴと呼ばれる一連のバンドに続いていく。ニューウェーヴを体現してきた代表的なバンドには、ポリスやエルヴィス・コステロなどが挙げられる。
パンクが社会へのストレートなメッセージを声高に叫ぶ一方で、ニューウェーヴは明らかに芸術的で知的な音楽を目指していた。
そして80年代にさしかかり、ロックはメタルが大きく躍進し、ハードロックではガンズアンドローゼズやボンジョヴィ、U2やブルース・スプリングスティーンなどのバンドが大きく活躍していく。
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ワダアサト
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