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ファッションの歴史第二篇「フランス革命~第一次世界大戦」

前回から5回に渡りお届けする「ファッションの歴史」。今回は第二篇となる「フランス革命~第一次世界大戦」までをお届けする。

第一篇「古代~17世紀」はこちら

 

 

①フランス革命

②1790年~1800年代

③1800年代(日本)

④第一次世界大戦へ

 

 

 

①フランス革命


ルイ14世時代の終焉

フランス絶対王政を確立したのはルイ14世であるが、その晩年は長引く戦争や莫大な宮廷における出費のせいで、財政は圧迫され、市民は苦しんだ。そしてルイ14世は終焉を迎え、ルイ15世が即位するのと同時に繊細で優美なロココ様式が登場する。(下図参照)

(ロココ様式 サンスーシ宮殿 出典:Wikipedia

 

またフランスでは同時期に絶対主義を批判する哲学、思想などが発展し、それらは啓蒙主義と呼ばれることになる。このことでルソーなどの啓蒙思想家が誕生する。

 

1774年

ルイ15世時代にはロココ様式に則って、優美で繊細な服装が好まれた。特にフランス貴族間では優雅で享楽的な生活様式が女性的な美しさを誕生させた。

そして1774年にはルイ16世が即位し、同時にマリーアントワネットがファッションリーダーとなった。

この時代のドレスは一つの服として完成されていないため、着装しながらスカートやレース、リボンなどを取り付けていった。

 

フランス革命による変化

18世紀になるとヨーロッパではフランス革命と産業革命(イギリス)がおこる。この革命は現代社会の性格を大きく決定づける結果となった。

(ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」)

 

イギリスでは羅紗(ラシャ・地が厚く密な毛織物)の製造が経済力の基盤であったが、インド木綿の大量輸入(後に詳述)によって新産業分野が主要産業へと発展。産業革命は綿織物工業の技術革新からはじまった。

フランスでは絶対王政下での貴族などの支配階級と、それを阻止しようとする市民階級(ブルジョワジー)との間で争いが起きるようになる。市民革命によって絶対王政を倒したブルジョワジーは、自らの手に支配権を取り戻した。

その結果として、経済の自由や身分の平等、議会制民主主義が進められ、市民社会が形成された。

またこの頃、インド木綿の大量輸入によって、革命派はロココ様式の優美で繊細な服装から簡素で実用的な木綿のドレスへと移行していった。その背景には豪華で高いシルクを革命の敵とみなしていたことが考えられる。

 

 

 

②1790年~1800年代


フランス革命を経て、フランスではナポレオン一世が登場する。このことでヨーロッパの体制は大きく変わっていく。革命下における度重なる戦争の中で、財政は圧迫され傾いていった。

 

1792年

選挙によって国民公会が招集され、王制の廃止、共和制樹立の宣言によって第一共和制の時代を迎える。

 

1793年

共和制政府のもとで「衣服令」が発令され、市民男女への強制的な衣服を着用することの撤廃、自分の性の衣服とアクセサリーなどを身に着ける自由が保証された。

 

シュミーズドレスの流行・1800年代

1700年代までの宮廷を舞台にした貴族中心のファッションは、1800年代にかけブルジョワジーを中心としたシステムとなる。女性服におけるトレンドのサイクルは短くなり、シルエットも目まぐるしく変化していった。

この頃イギリス・フランスではシンプルなシュミーズが流行しており、ギリシャ・ローマにおける古典古代への回帰運動が過熱した。そのことで新古典主義が主流となった。

男性服の中心は1700年代後半、フランスからイギリスへと移り19世紀(1800年代)の初めには、ロンドンのサヴィル・ロウ(下図参照・「背広」の語源とされる説もある)にファッションショップが開店していった。ダンディズムという価値観が生まれたのもこの頃でコート、ウエストコート(ジレ)、トラウザーズ(下衣)の三つ揃えが定型化し、現在のスーツスタイルへと繋がりを見せた。

(出典:https://otonaninareru.net/savile-row/より)

 

1814年

ナポレオン一世が失脚し、フランスの王制は復古(王政復古)。当時の潮流となったロマン主義から大きな影響を受け、女性服は再びウエストをコルセットで締め、スカートが大きく広がったスタイルへと変化した。

 

1820年頃

この頃の女性の理想は、虚弱そうな姿であり、活発で健康的な女性は好まれなくなっていった。

 

1850年前後

この時代には、デザイナーのウォルトによってオートクチュールという新しいファッションシステムが登場する。

「顧客個人の注文に応じて、洋服を仕立てる」

という仕組みから

「あらかじめデザインした洋服を顧客に提示してその中から注文を受ける」

という仕組みへ変化した。この流れによって上流階級やブルジョワジーが生み出していたトレンドを、クチュリエ(オートクチュールのデザイナー)が生み出す方向へとシフトしていく。

 

 

 

③1800年代(日本)


1853年(嘉永6年)

アメリカから黒船が来航する。1858年には、日本とアメリカの間で日米修好通商条約が締結された。その後に西欧諸国との通商条約が締結され、日本側は下田、函館、横浜、神戸、長崎を開港、そこに外国人居住区が形成された。

その外国人居住区内に異人館と呼ばれる商館が建設され、中には異人服(洋服)などが並べられた。

 

江戸~明治

江戸時代末期になると、幕府軍はフランスの軍服を取り入れるようになり、当時の軍のファッションは和洋折衷になった。

そして明治維新が起き、陸軍はフランス・ドイツ、海軍はイギリスに倣った軍服を正式に国内で制定することとなった。

 

明治4年

明治維新をうけ、政府は散髪、廃刀を定め翌5年に衣服制度を改めた。そのことで洋服における礼服と通常礼服が定められた。

 

 

 

④第一次世界大戦へ


第一次世界大戦(以下WWⅠ)までの欧州は比較的平和な時代となっていた。フランス・パリを中心として、ファッションシステムは進化し、フランス革命以後、様々な分野において驚異的な技術革新が進められたからだと言える。(ベル・エポック時代)

1879年には写真印刷が可能になり、雑誌などで写真が使用されるようになる。1880年以降、イギリス、フランスなどの列強国と、アメリカは帝国主義に則って植民地支配を進めていく。

 

1893年

既成の芸術とその体制からの脱却を目指す反体制運動、アール・ヌーボーがおこる。この頃の代表的なアーティストはガラス作家のエミールガレ、絵画におけるウィーン分離派のクリムトなどがあげられる。

 (エミールガレ 出典:エミールガレ展より)

 

(クリムト 出典:アートペディアより)

 

1800年後半

パリでは万国博覧会が数回にわたり開催された。この際に注目を浴びたのがジャポニスムで、舞台衣装などの影響から日本的な構図や柄の織物が織られるようになっていった。

また印象派のモネ、後期印象派のゴッホなどの画家もそろって影響を受けるようになった。

(モネ 出典:https://japonismes.org/より)

 

1901年

イギリスではヴィクトリア女王が崩御し、エドワード7世の時代へと突入。この頃になると欧米で鉄道網が発達し、それと同時に本格的な自動車社会が実現する。

またデザイナーではポール・ポワレが、王政復古の影響で再び締まった女性のウエスト(コルセット)を開放しようと模索。同時に衣服のカタログの発行、クチュールにおける香水販売の先駆け的存在となった。

写真家のマン・レイが登場したのもこの頃とされる。

(マン・レイ 出典:アートペディアより)

 

 

WWⅠへ

オーストリアの皇太子、フランツ・フェルディナントがサラエボ事件によって暗殺されたことをきっかけに、WWⅠが勃発する。(バンド、フランツ・フェルディナンドの由来)

ヨーロッパは

⑴ドイツ、オーストリア軍

⑵イギリス、フランス、ロシアの連合軍

にわかれ、戦争へと発展。

⑴ドイツ軍⑵連合軍はトレンチ(塹壕・敵弾を避けるための穴式の防御施設)を掘り、膠着状態となったことでトレンチコートが誕生した。現在もトレンチコートにはその名残がある。

(出典:https://fooline.net/より)

 

結果としてWWⅠは欧州諸国を凋落させ、アメリカの台頭を生む結果となった。またアメリカから欧州には黒人音楽のジャズが持ち込まれ、ラジオも普及していった。

 

 

そしてWWⅠを経たヨーロッパは独自のファッションカルチャーを作り上げ、いよいよシャネルが登場する。次回はシャネル、ファッションとアートの接近、第二次世界大戦について書いていく。どうぞお楽しみに。

 

 

 

参考文献

「改訂版・西洋服装史 文化服装学院編」
石井雅子 朝日真 鈴木教子
文化出版局 2012

「西洋服装史」
石井とめ子
衣生活研究会 1995

「モードの歴史」
T.R.ウィルコックス
文化出版局 1979

「ファッションの歴史」
千村典夫
平凡社 1969

 


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