FASHION

ファッションと政治の距離

 

2016年にアメリカではトランプ大統領が誕生した。そこでファッション業界のデザイナーたちは、一斉に批判的アティチュードでもってそれぞれのメゾンの意志を表明。米国のみならず、欧州のいわゆるハイエンドなブランドまでもがその波に乗った。「ファッションと政治」。普通に生きている人々にとっては、なかなか知る機会のないこの双方間の関係と距離。それを今回OMOTE TO URAなりに分解して、検証していきたい。

 

 

①ファッションと政治

②パンクファッション

③フェミニズムとダイバーシティ

④率いてきたようで過剰

 

 

①ファッションと政治


ファッションと政治は、モードが誕生した時点からずっと長い付き合いをしてきた。しかし実際のところ、そんなことを考えて、あるいは自身の政治的ポリシーの表明の為に服を着る人はほとんどいない。極端な極右・左という集団にとっては普通のことなのかもしれないが、一般的にUNIQLOで洋服を買う我々のような消費者には、その構造は不明だ。

だが2016年にトランプ政権が誕生してから、欧米の各メゾンはそれぞれに意志表明を行い、一部は過激的なまでの攻撃的姿勢を貫いた。

クリスチャン・ディオール社の2017SSコレクションではWE SHOULD ALL BE FEMINISTS」=「みんなフェミニストじゃなきゃ」というストレートなメッセージを掲げた。

(出典:Fahion Pressより)

マーク・ジェイコブスやトム・フォードはファーストレディに洋服の提供をストップしたし、いずれにしても大きなメゾンは政治的、宗教的、そういった文脈を含め、時には直接的な表現で一着の洋服を製作してきたのだ。

日本のいわゆる「ファッション・メディア」と呼ばれるメディアはそれを一斉に報じ、同じくパリ発・NY発の日本向けメディアもこぞってその様子を報じた。言ってしまえばこのセンセーショナルな流れは「記事にしやすい」し、ブランド側の直接的表現をただ「書けばいい」だけなのだ。

 

確かに「ファッションは自由の象徴」という、そのこと自体は決して間違ってはいない。戦争が勃発すれば、市民は着る服を時の政権や軍によって指定され、当然自由な衣服を着用することは困難になる。日本に洋服が伝来したその昔から、もっと言えばローマ時代からファッションというものは、人々を区別し、あるいは差別してきたものだった。

 

 

②パンクファッション


一方、イギリス・ロンドンでは60年代から70年代にかけてピストルズなどが率いたパンク・ロック的ムーヴメントが興った。

パンクロックの概念はまさに「反権力・反体制」というもので、当時のイギリスの経済状況が極端に悪かったことから興りはじめたとされる。自由を叫び、自らの人権を主張し、それらを音楽に乗せ聴衆に届けるという行為は現在の日本のとあるフェスでも起こっていることだ。

「ロックに政治を持ち込むな」ということは、つまり「ファッションに政治を持ち込むな」と同義であり、そこに激昂する人がいても何ら不思議ではない。

ファッションやロックなんてものは、時代性に関係なく常に政治と共にあり、様々な状況・構造・流れを創り出してきた。

 

 

③フェミニズムとダイバーシティ


近年ファッション業界は、極端にフェミニズムを礼賛し、称賛する傾向にある。コングロマリット企業は圧倒的な資金力をその分かりやすい武器にして、実体のないものに「Anti」=「反対」してきた。LGBTQの権利拡大に伴って「ダイバーシティ」という考え方は既に普及し、多くの人がその意味をなんとなく知っている状況となった。

フェミニズム・ダイバーシティという考え方は、『ファッション業界』が打ち出す大きな武器になり得たし、その分かりやすさを含め一般的に浸透してきている。

しかしその業界の体制にアンチテーゼをするブランドは皆無だし、恐るべき同質化が起こっている。どこもかしこもエシカル、サスティナビリティを掲げ、その本質が変化したダイバーシティを背景に政治的スタンスを交えている。だからこそ、本当につまらない業界がファッション業界なのだ。

ダイバーシティという概念を実現するならば、本来であればフェミニズムをその壁紙にしないブランドやショップが認められてもいいはずだ。だってそれこそが業界が称賛する「多様性」なのだから。

 

 

④率いてきたようで過剰


ここまで記してきた通り、ファッション業界はフェミニズム・ダイバーシティという名のもとに、その政治的立場をある程度明確にしてきた。LGBTQの権利を向上させようと、パレードを行い、そこに協賛してきたのもファッションブランドだった。

だがもはや『ファッション業界』が打ち出すその施策は政治的背景の有無に関係なく、確実に表面化・表層化していると言っていい。実に安易で安直なことではないだろうか。政治の為のファッションなのか、ファッションの為の政治なのか、ということも不明になり、ファッション業界が打ち出す施策は極端な政治的オピニオンの『都合よき武器』になってはいないだろうか。

そしてそれを称賛するファッションメディアも、その都合よき武器の一端を担ってはいないだろうか。

ネット社会が実現してからマスメディアによるその報道の如何は、若い人たちにも多く伝わり、「大きなメディアが正しい情報を伝えているわけではない」ということが明るみに出た。もう、そういったことは”バレている”のではないか。

マスコミ、ファッションメディアの矛盾は、政治と絡み、そしてファッションと絡み、近く機能しなくなるはずだ。

 

 


この度はコンテンツをご覧いただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。

【FASHION】SAT 21:00
【MUSIC】WED 21:00
【BUSINESS】IRREGULAR 21:00
【ART】THE LAST SUN 21:00

ワダアサト
CONTACT
TWITTER
INSTAGRAM

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です